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東京大学

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東京大学
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Yasuda Auditorium - Tokyo University 3.jpg
安田講堂

東京大学の位置(東京都内)
東京大学
東京大学 (東京都)
東京大学の位置(日本内)
東京大学
東京大学 (日本)
大学設置/創立 1877年
学校種別 国立
設置者 国立大学法人東京大学
本部所在地 東京都文京区本郷七丁目3番1号
北緯35度42分48秒 東経139度45分44秒 / 北緯35.71333度 東経139.76222度 / 35.71333; 139.76222座標: 北緯35度42分48秒 東経139度45分44秒 / 北緯35.71333度 東経139.76222度 / 35.71333; 139.76222
学生数 28,253
キャンパス 本郷(東京都文京区)
駒場(東京都目黒区
千葉県柏市
白金(東京都港区
中野(東京都中野区
学部 法学部
医学部
工学部
文学部
理学部
農学部
経済学部
教養学部
教育学部
薬学部
研究科 人文社会系研究科
教育学研究科
法学政治学研究科
経済学研究科
総合文化研究科
理学系研究科
工学系研究科
農学生命科学研究科
医学系研究科
薬学系研究科
数理科学研究科
新領域創成科学研究科
情報理工学系研究科
情報学環・学際情報学府
公共政策学連携研究部・教育部
ウェブサイト https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/
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東京大学(とうきょうだいがく、英語: The University of Tokyo)は、東京都文京区本郷七丁目3番1号に本部を置く日本国立大学である。1877年に設置された。大学の略称東大(とうだい)。

概説

東京大学全体

東京大学は欧米諸国の諸制度に倣った、日本国内で初の近代的な大学として設立された。

憲章

東京大学本郷キャンパスの銀杏並木

東京大学には、特に創立時に明文化された建学の精神はない。しかし、国立大学法人化に伴い、現在は「東京大学憲章」が定められている。東京大学憲章は、「大学」としての使命を公に明らかにすることと、目指すべき道を明らかにすることを目的として学内有識者会議によって制定されたものである。学部教育の基礎としてリベラル・アーツ教育(教養教育)を重視することを謳っている。

教育および研究

東京大学本郷キャンパス正門
総合研究博物館小石川分館
(旧東京医学校本館)

教育研究とキャンパス

東京大学は、主な3つのキャンパスごとに教育内容・研究内容を異にする。教育内容の面では、主に教養課程を実施する駒場キャンパス、専門教育を行う本郷キャンパス、主に大学院課程の教育を行う柏キャンパスに分けられる。また研究内容の面では、伝統的な学問領域の研究を行う本郷キャンパス、学際的な研究を行う駒場キャンパス、新しい学問領域の研究を行う柏キャンパスに分けられる。こうしたキャンパス分立体制は、学部ごとにキャンパスを分けることの多い他の大学と比べると珍しい形態である。さらに、現在でも学部入学時の教養課程を分化して設置していることも、日本国内の大学では珍しい存在となっている(設立の経緯から、大学予備門、大学、工部大学校、東京開成学校東京医学校などが統合してできた大学でもあるからである)。

リベラル・アーツ教育

上述した通り、リベラル・アーツ教育を重視しているのが東京大学の教育の大きな特徴である。教養学部前期課程において教養教育科目が開講されており、その実施には東京大学の全ての学部・研究科・研究所が参加している[1]。主に担当する教養学部では、各大学1件ずつしか応募できない[2]特色ある大学教育支援プログラムに「教養教育と大学院先端研究との創造的連携の推進」で応募したことが、大学として教養教育を重視していることの現れであるとしている[3]

受賞

2018年10月9日時点、東京大学が学位を授与した者のうちでノーベル賞受賞者は11名おり(英語版)、そのうち東京大学が学士の学位を授与した卒業生は8名、博士の学位を授与した者は7名(うち4名は東京大学で学士号も取得)となっている[4][5][6]

大学評価

大学評価の世界的指標の一つである、クアクアレリ・シモンズによる「QS世界大学ランキング 2020」(2019年)では世界22位で、過去11年間の最高位を更新した。評価指標別では、Academic Reputation(学術関係者からの世評)で満点を達成した世界の8校のうちの一つであり、アジアでは唯一である。Employer Reputation(雇用者からの世評)では世界第16位等を獲得した。研究パフォーマンスにおける上位100位以内に日本の大学が入らなかったのは初めてのことである[7][8]

またタイムズ・ハイアー・エデュケーションによる『THE世界大学ランキング 2020』(2019年)では世界第36位、アジア第5位[9](同誌の世界大学名声ランキングでは第11位[10])である。

タイムズ・ハイヤー・エデュケーションがベネッセと連携して日本の大学の評価を発表している『世界大学ランキング日本版2019』では京都大学に次ぎ僅差で2位だった[11]

入学試験

学部入学試験

東京大学の入学試験は、高度経済成長期以降に激しくなった受験戦争の象徴として、日本社会に対して様々な社会的影響を与えてきた。2016年入試で初めて推薦入学制度を導入した。2019年の推薦入試においては、受験者127人中66人が合格(平均倍率1.92)、一般入試においては受験者8,583人中3,018人が合格(平均倍率2.84)、入学者数は特別選考を含め3,125人であった[12]

大学院入学試験

2019年の志願者数は7,720人、入学者数は3,260人であった[13]

沿革

略歴

松井直吉 帝国大学農科大学学長、東京帝国大学総長
一高剣道部時代の末弘厳太郎東京大学名誉教授(2列目右端)1907年

明治維新直後に政府は旧幕府直轄だった昌平坂学問所開成所、医学所を統合して大学校を建設した。紆余曲折を経て1871年(明治4年)に大学本校(旧昌平坂学問所)が廃止され、他2校は南校、東校に改称。その後、東京開成学校東京医学校への改組を経て1877年(明治10年)4月12日に至って合同することになり、文部省所管の官立東京大学が創設された[14]。この4月12日は現在「東京大学記念日」となっており、この日に入学式が行われている。当初は法、理、医、文4学部と予備門を持ち、生徒数1600人ほどの専門教育・普通教育機関であった[14]。日本で初めての近代的な大学であったが、学士の学位を授与する機関としては1876年(明治9年)設置の札幌農学校(現在の北海道大学)に次ぐ2番目に古い高等教育機関とされる。

1886年(明治19年)の帝国大学令によって帝国大学と改称するとともに、工部大学校を吸収合併して法、理、医、文、工の5分科となった。逆に予備門は分離して第一高等中学校(旧制第一高等学校)となった[14]1890年(明治23年)に東京農林学校を吸収合併し、農科大学が設置された[14]。1897年(明治30年)には京都帝国大学(京都大学)創設により東京帝国大学に改称[14]。1919年(大正8年)の大学令による改革で学部制が採用され、この際に経済学部が新設された[14]

第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)10月に東京大学へ改称し、1949年(昭和24年)5月に新制国立大学に転換された。この際に第一高等学校と東京高等学校を吸収合併し、それぞれ教養学部と教育学部となった[14]1953年(昭和28年)に大学院が設置され、1958年(昭和33年)には薬学部が新設されている[14]

詳細な歴史は下記年表を参照のこと。

年表

初代帝国大学総長渡辺洪基

明治

大正

1916年頃の東大生(左から久米正雄松岡譲芥川龍之介成瀬正一
1923年大正12年)の大正関東地震関東大震災)で被災した東京帝国大学

昭和(旧制)

東京大学総合図書館

昭和(新制)

  • 1955年(昭和30年)3月 全国共同利用研究所として原子核研究所を設置
  • 1957年(昭和32年)4月 全国共同利用研究所として物性研究所を設置
  • 1958年(昭和33年)4月 薬学部設置[注釈 6]。理工学研究所を改組し航空研究所を設置
  • 1962年(昭和37年)4月 前期課程の4科類(文科一類・二類、理科一類・二類)を6科類に再編。全国共同利用研究所として海洋研究所を設置
  • 1963年(昭和38年)4月 大学院人文科学研究科・社会科学研究科を改組し、人文科学・教育学・法学政治学・社会学・経済学の5研究科を設置
  • 1964年(昭和39年)4月 航空研究所を改組し全国共同利用研究所として宇宙航空研究所を設置
  • 1965年(昭和40年)4月 大学院数物系研究科・化学系研究科・生物系研究科を改組し、理学系・工学系・農学系・医学系・薬学系の5研究科を設置
  • 1967年(昭和42年)6月 伝染病研究所を改組して医科学研究所を設置
  • 1969年(昭和44年)2月 東大紛争の余波で入学試験見送り
宇宙線研究所が入居しているビル
  • 1976年(昭和51年)5月 宇宙線観測所を宇宙線研究所に改組
  • 1981年(昭和56年)4月 宇宙航空研究所を廃止(→宇宙科学研究所
  • 1983年(昭和58年)4月 大学院総合文化研究科を設置
  • 1987年(昭和62年)5月 先端科学技術研究センターを設置
  • 1988年(昭和63年)7月 東京天文台を廃止(→国立天文台

平成

Ars Electronica 2008 Kotaro
  • 1991年(平成03年)4月 大学院重点化を開始
  • 1992年(平成04年)4月 大学院数理科学研究科を設置
  • 1993年(平成05年)4月 応用微生物学研究所を分子細胞生物学研究所に改組
  • 1994年(平成06年)
    • 4月 大学院農学系研究科を大学院農学生命科学研究科に改称
    • 6月 地震研究所が全国共同利用研究所となる
  • 1995年(平成07年)4月 大学院社会学研究科を廃止し、人文科学研究科を人文社会系研究科に改組
  • 1997年(平成09年)4月 大学院重点化が完了。原子核研究所を廃止(→高エネルギー加速器研究機構
  • 1998年(平成10年)4月 大学院新領域創成科学研究科を設置
  • 2000年(平成12年)4月 大学院情報学環・学際情報学府を設置。教育学部附属中学校・高等学校が中等教育学校へ移行
  • 2001年(平成13年)4月 大学院情報理工学系研究科を設置
  • 2003年(平成15年)3月 東京大学憲章を制定
  • 2004年(平成16年)4月 「国立大学法人東京大学」となる。特別栄誉教授制度を創設。大学院の改組[注釈 7]。先端科学技術研究センターを附置研究所へ転換。
  • 2005年(平成17年)4月 全学的な海外学術交流拠点として北京代表所を設置
  • 2006年(平成18年)1月 国際研究型大学連合 (IARU) 発足
  • 2007年(平成19年)
  • 2009年(平成21年)
    • 1月 ダボス会議にて東大・慶應レセプションを開催
    • 10月 東京大学放射光連携研究機構 物質科学ビームライン完成
  • 2010年(平成22年)4月
    • 海洋研究所、気候システム研究センターを統合改組して大気海洋研究所を設置
    • 農場と緑地植物実験所(検見川キャンパス)を統合し、演習林田無試験地を組み入れ生態調和農学機構が発足。
  • 2011年(平成23年)3月 名城大学と社会連携協定締結
  • 2013年(平成25年)7月24日 新図書館建設工事のため掲示場所が確保できないとして、本郷キャンパスで行われていた合格発表を2014年から3年間取り止めることを発表[22]
  • 2014年(平成26年)
    • 1月29日 平成28年度より、後期日程試験による入学者選抜を停止し、推薦入試を導入することを発表[23]
    • 6月11日 海洋アライアンス海洋教育促進研究センターが、福井県立若狭高等学校(福井県立若狭高等学校海洋キャンパスを含む)と海洋教育促進拠点としての連携に関する協定を締結。
  • 2017年(平成29年)
  • 2018年(平成30年)4月 分子細胞生物学研究所を定量生命科学研究所に改組・改称[25]
  • 2019年(平成31年)4月 政策ビジョン研究センターとサステイナビリティ学連携研究機構が統合し未来ビジョン研究センターが発足[26]

基礎データ

駒場キャンパスの銀杏並木

所在地


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